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みなさん、こんばんは。社会教育士・メディアカウンセラーの、おかちんです。

気がつけば、30代になりました。
若い頃のような勢いだけで突っ走ることは減り、人との関係も、どこか落ち着いたものになってきた気がします。

連絡手段は増えました。LINE、Slack、SNS。
普段から顔を合わせる人もいて、「つながっていない」と感じる場面は、実はそんなに多くありません。

それでも最近、ふと立ち止まって考えることがあります。

「ありがとう」って、ちゃんと受け取れているだろうか、と。

今日は、そんな問いを僕のなかに残してくれた「一通の手紙」と、「一緒に立つ」という感覚の話を書いてみようと思います。


目次

1人で背負っていた、あの頃の「呪縛」

大学時代、リーダーを任されたとき、僕のなかにはどこか頑なな思い込みがありました。

  • リーダーは、常に最前線に立つものだ
  • みんなの役に立ち、批判はすべて自分が引き受けなければいけない
  • メンバーには、ただ楽しく活動してほしい

今振り返ると、それは優しさでもあり、同時に自分を追い込む「呪縛」のようなルールでもありました。

誰かがしんどくならないように。場の空気が悪くならないように。

そのためなら、自分が我慢すればいい。そんなふうに、一人で背負い込むことが正解だと信じていた気がします。

けれど不思議なもので、「守らなきゃ」という気持ちが強くなるほど、自分のことは誰にも預けられなくなっていきました。

弱音を吐くと、期待を裏切る気がする。

頼ることは、役割を放棄することのように感じる。

結果として、一番しんどい状態にあるはずの自分が、一番、孤立していました。

忘れられない、先輩からの一通の手紙

その手紙をくれたのは、大学時代の先輩でした。

先輩が卒業するとき、当時リーダーだった僕に、そっと手渡してくれた一通。そこに書いてあった言葉は、とてもシンプルでした。

「ひとりで、無理しすぎないようにね」

当時の僕は、強い使命感のなかにいました。肩を怒らせ、今思えば、少し背伸びをした言葉ばかりを並べていたかもしれません。だからこそ、その飾らない言葉を、すぐにはまっすぐ受け取れなかった。

正直に言うと、僕は「支えられる」ことが、あまり得意ではありません。誰かに支えてもらうと、「自分は何も与えられていない」という感覚に陥ってしまうからです。

何か返さなきゃいけない。お返しをしなければ、対等でいられない。

そうやって、しんどい時ほど、人の善意を受け取ることに抵抗を覚えてしまう。人との距離の取り方も、正直、今でも正解はわかりません。

心のパーソナルスペースに、あまり人を入れない。それは、自分を守るための無意識の防衛だったのだと思います。

「守る」のではなく、「一緒に立つ」ということ

でも、本当のところ。素の自分は、驚くほど人懐っこいのだとも自覚しています。

今、2歳になる甥っ子がいます。中身だけで言えば、僕も彼とあまり変わらないのかもしれません。興味があれば近づきたいし、好きな人とはずっと一緒にいたい。

けれど、「30代の大人として、そんな振る舞いをしていいのだろうか」と、自分にブレーキをかけてしまう。

そんな僕の感覚が、最近、少しずつ変わってきました。きっかけは、ラジオ番組という「場」でした。

マイクの前で誰かと話しているとき、それは相手を「引っ張る」ことでも「守る」ことでもない。
ただ「一緒に立つ」という感覚に近いことに気づいたんです。

前に出て答えを出すより、隣に立って、話を聞く。場を背負うというより、場を共有する。

リーダーであろうとしなくても、一緒に立つことはできる。そう思えたとき、ようやく少しだけ、肩の力を抜くことができました。

小さな「ありがとう」を、コツコツと。

先輩がくれた手紙の言葉は、数年の時を経て、じわじわと効いてきました。

「今でも、こうして気にかけてくれている」その事実だけで、本当は十分だった。

だから最近は、温かい言葉をもらったら、無理に「何か」を返そうとしなくていいのだと思うようにしています。

まずは、「ありがとう」と言って、そのまま受け取る。

それもまた、立派な関係性のひとつです。

小さな「ありがとう」を、コツコツと。

守るのではなく、一緒に立つ。

30代になった今、そんな関わり方を、少しずつ大切にしていきたいと思っています。

「一緒に立つ」場づくりを、ご一緒しませんか?

メディアカウンセラーとして、講演やワークショップでも「正解を教えること」ではなく「隣に立って一緒に考えること」を大切にしています。

コミュニケーション、メディア教育、コミュニティにおけるつながりの再定義など、今回のエッセイで触れたテーマを中心に全国どこへでも伺います。一方的な講義ではなく、参加者のみなさんと「場を共有する」時間を、ご一緒しませんか?

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